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平成最大のヒット商品 「塩パン」ヒット商品秘話に迫る パンメゾン 平田巳登志

2019年08月08日

平成最大のヒット商品 
「塩パン」ヒット商品秘話に迫る


焼きたての塩パン
 

売上個数が30個から3000個へ

 松山空港から車を走らせること約1時半。愛媛県西端、佐田岬半島の付け根に位置する八幡浜市は北に伊予灘、西に宇和海を望み、温暖な気候に恵まれる。この町の中心地にお店を構えるのが、平成最大のヒット商品「塩パン」を生んだパンメゾンだ。今回はオーナーでありシェフもある、平田巳登志さんにヒット商品の生み出し方と販売のルールについて話を聞いた。週末には3000個が飛ぶように売れていく塩パンはどのようにして誕生したのか。「もともと、毎年のように夏の売上が落ちることに頭を悩ませていたんです」と平田さん。どうしたら夏の売上の低下を避けられるだろうかと、夏のイベントを開催したり冷やしたパンを売ったりもした。しかしどれも効果はいまひとつで、夏の売上が安定することはなかったという。
 

パンメゾン八幡本店
 


そんな時、高知県でパン職人としての修行を積んでいた息子に「どんなパンがお店で売れているか」と尋ねたところ、「フランスパンに梅酒をしみこませたものが比較的売れている」という情報を得た。「やはり夏は重たい食感のものよりもサクッと食べられるフランスパンが向いている」。そう思った平田さんは、フランスパン生地を使った新商品の考案を始めることにした。季節を問わず、毎朝食べてもらえるようなパンを作りたいと考えたのだ。
ここで問題となったのがお客様の多くを占めるお年寄りや」小さな子供は堅いものや歯切れの悪いものは好まないということだった。フランスパンにバターを練り込んでしまっては、他のバターロールや、デニッシュ生地とさほど違いがない。では、フランスパンの生地にバターを巻き込んでみてはどうだろうか?そう考えた平田さんは、まず5gのバターを生地に巻き込み焼いてみることにした。しかし、5g程度ではあまり変化がない。徐々にバターを増やし、最終的には10 g まで巻いてみると焼き上がり後の断面が空洞になった。それを一口食べてみると、バターによって中がもちもちとした食感となり、空洞になったことで歯切れのよさが実現した。


さらに天板に10 個並べて焼いてみたところ溶けだしたバターが溜まって、パンの底が油で揚げたようにカリッとなったのだ。予期せぬ幸運で、「サクッ、もちっ、カリッ」という3つの食感が見事に合わさったこれまでにないパンが生まれた。「これは売れる!」職人の勘で確信した平田さんはさらに改良を重ね、味の決め手となる「塩」にたどり着いた。お店の看板商品となる「塩パン」の誕生だった。


 

窯から出て30秒後の塩パン


 

売っているのは「商品」ではなく「毎日の小さな幸せ」
 


16時の店内


成した塩パンは従業員からの評判はよかったものの、販売当初は売れても30 個程度とヒット商品とは程遠かった。販売価格は当時63 円(税込)と地域に受け入れてもらいやすい価格に設定し、試食も提供した。試食は好評で「とても美味しい」とお客様にも言ってもらえるのだが、売上個数は塩パンより10 円程安いバターロールに到底及ばない。好評にも関わらず、売上には繋がらない……そんな日々が続き、ついには売上個数よりも試食個数の方が多くなった。しかし、そんな中でも平田さんは諦めることはなかった。

笑顔で迎えてくれた平田さん


今は儲けにならなくても試食を続けていけば、いつかこの美味しさが口コミで広がり、ヒット商品になるはずだと信じていたからだ。その予想は見事に的中。お店から徒歩3分のところにある漁業市場の人達の間で次第に話題となり、他県から来る漁業関係者にも徐々に「塩パン」が広まっていった。さらに部活帰りの学生達がお店に立ち寄り塩パンを好んで購入してくれたことで、いつしか学生のみならずその親の間でも話題となって一日の売上個数が30 個から50 個、100個、300個と増え続け、メディアの影響もありその勢いは加速していった。



 

塩パンの美味しさの秘密


原産が企業秘密の塩
 

 おいしさの秘密のひとつは「塩」にあるという。通常の塩だと焼いた時に溶けて消えてしまう。あらゆる塩を探して試した結果、岩塩を塊で仕入れハンマーで叩くという手法にたどり着いた。塩パンは、そのレシピや作業工程は公表されているものの、塩の出所だけは決して明かされない。それについて平田さんは「企業秘密です!」と笑う。どこの塩なのかを知っているのは平田さんと平田さんの長男のみだとか。決して辛すぎず、後に甘みを感じるその塩は、こってりとしたバターの味と非常に相性が良い。粒の大きさが不均一なことで食べるごとに感じる味が違うことも魅力のひとつだ。塩パンがヒット商品となるまでは約4 年かかった。

1日3000個売れる塩パン


その間、諦めることなく自分の職人としての直感を信じ、試食を出し続けた平田さんの信念が平成最大のヒット商品を生んだのだろう。「我々の仕事は毎日小さな幸せをお客様に届けることです」と語る平田さん。美味しいパンを安く売ってお客様に喜んでもらう。それがパンメゾンのモットーなのだと知り、深く感銘を受けた。
生地50 gに対してバター10 g、そしてこだわりぬいた塩を使用してつくる塩パンは、原価もそこそこ高く決して儲けられる商品ではない。しかし、塩パンを目当てに来店したお客様が他のパンも購入していってくれることは結果的にはお店のプラスとなる。パンメゾンと言えば「塩パン」というブランドを確立した平田さんの功績は、平成が終わっても後世に伝わり続けるだろう。


 

【平田巳登志さんに聞いた】

パン屋にとって平成とはどのような時代だったか――。



地元で愛されるお店

 私
の父親もパン職人だったので、幼い頃から私の近くには常にパンがありました。その当時は、学校給食にもパンが多く使われ、フランスパンなどの目新しいものはつくればつくっただけ売れる時代でした。しかし平成の時代はそう簡単にはいかない時代だったように思います。新しく開店するお店も多かったですが、その代わりに原材料の高騰や、人不足などの時代の流れに翻弄されたことで閉店していくパン屋さんも多かった。そう考えると、自分のお店の武器となるものを持っておかなければ生き残れない時代だったと思います。例えば、そのお店でしか買うことの出来ない珍しいパンや、サービスなどがそれにあたります。

 

 

お客様の目はシビアですからよりインパクトのあるものが重要となったのかもしれません。競争が激化していく中で、価格と共に品質も求められていく現状は当たり前と言ったら当たり前なのですが、昔に比べたらパンをつくるだけではなく工夫が必要となりましたね。パンメゾンもオープンしてからの数年は日商10 万前後という日々でした。少しでも売れるパンを販売しようと、他のパン屋さんに売れているパンを偵察に行ったり、雑誌に載っているパンでわからないものがあれば直接問い合わせてレシピを聞いたりもしました。生きていくために必死でした。

1時間ごとに焼きあがる


そんな中、ようやく手にいれた武器が「塩パン」でした。この塩パンがなかったら今ごろどうなっていたかわかりません(笑)。
今では全国から塩パンを求めてお客様が来てくれるようになりました。お問い合わせもいただきますが、通販を始めることはありません。そのお店にしかないものや、そこでしか食べられないものには価値があるからです。その土地の空気や人に触れ、そのうえでパンを味わっていただいて、さらに美味しさを感じてくだされば嬉しいですね。2年前に私の息子が東京で「塩パン専門店」を始めました。塩パンは愛媛から東京へ。今後はさらに世界でも認知され、愛されるパンとなっていってほしいと思います。

 

 

 

次の時代、どのようなパンが人気商品となるのか――。

職人の手


 これからは「ハイブリット」なパンが話題となると思います。ハイブリットとは例えば相反するものの組み合わせや、様々なコラボレーションで出来る商品が世の中に驚きと新しさを届けられるのではないでしょうか?目新しいものには人を呼ぶ力があります。その半面飽きられやすいため、それも考慮して「毎日食べたくなるパン」をつくっていけたら次の時代の武器になると思います。パンメゾンも「塩パン」に続く第二のヒット商品を生み出せるよう日々研究しています。最近では1日100個を売り上げる新商品を考案した従業員には「社長賞」を贈呈するなど、みんなの力で第二の塩パンを考案することを始めました。現状に満足することなく、日々「小さな幸せ」をお客様に届けていければと思います。

 



パンメゾン 平田巳登志