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Boulangerie KAWAMURA 川村 徹シェフ

ベーカリーパートナー24号 シェフインタビュー

 


 

野球少年は料理の世界を 
知るために東京へ上京

 

私の両親は新潟県豊栄市でパンとケーキのお店を3店舗経営していました。私は次男で父の影響で高校まで野球づけの生活。挨拶や礼儀、上下関係という人間関係で必要なことをここで学びました。運動をしている育ち盛りの高校生ですから、いつもお腹を空かせています。両親は仕事をしていたので、自分でご飯を作るようになり、料理に興味を持つようになりました。高校を卒業したら料理に関わる仕事がしたいと考えるようになり両親に相談すると、職人である親父が言いました。「専門学校に行くより現場で仕事しながら恥ずかしい経験を通して覚えた方が得る物が多い!その道に進むなら早い方が良い」。その言葉に後押しされ、高卒で上京して赤坂プリンスホテルの調理部門に就職しました。

 

スポーツで鍛えた心身でも 
涙が出るほどの仕事

 

赤坂プリンスホテルでは朝一番に出社して一番最後に帰るという生活でパントリーという名の皿洗い業務。就職する際、どんなに辛くても1年は我慢しようと心に決めていたものの、正直なところ、早く地元に帰りたいと思っていました。そんな時にベーカリー部門を設立するという話が持ち上がり、配属を希望しました。現状から抜け出したかったのもありますが、赤坂プリンスホテルの一流の仕事を見ることができると思ったからです。しかし与えられた仕事はゴミ捨て、掃除、洗い物という雑用ばかりで、パンに触れる機会といえば焼き上がった物を詰めて運ぶときだけ。ここで辞めたら親父にも同業で働いている兄貴にも笑われると思い、歯を食いしばって耐えましたが、雑用ばかりの状況で不安に苛まれ、影で泣いていました。当時のホテルはバターロールやバゲットを千単位で製造していたので、とにかく量を作れと叩き込まれていました。恥ずかしながらその時は知識もなにもなく、クープさえ入っていればバゲットだと認識していました。赤坂プリンスホテルで窯と仕込みを一通り経験し、2年後、新潟に帰郷。新潟に戻ってからは、親父のお店に出入りしていた業者さんから人手不足だからと「ジョアン新潟三越店」へのお誘いをいただいて、そこで働くことになりました。

 

初めて見るリテイルの仕事と若気のいたり

 

それまでホテル系のパンしか経験がなかった私は、「ジョアン新潟三越店」で、販売するパンの種類に圧倒されました。平均日商で150万円を売り上げており、特にミニクロワッサンの量り売りが爆発的ヒットで、毎日お客様が行列を作っていました。これだけの種類のパンを覚えれば親父の店に戻ったときに助けることができると感じました。しかし、若かった私は次第に仕事よりも遊ぶことが楽しくなってしまい、結局3年で退社。車が好きだったこともあって車のディーラーに就職したり、そこで知り合った人に誘われて服屋の店長をやったりしました。もちろん雇用保険などの社会保障もありませんし、自分のことにすら決断力が持てずにフラフラと2年くらい過ごしていました。

 

心を入れ替え 
再度パンの世界へ

 

転機となったのは、妻と出会い、結婚を考えたことでした。「ジョアン新潟三越店」に再び働かせてもらえないかと頼みに行ったのですが、そのときには枠がありませんでした。東京は人手不足だということで店長が東京に電話してくださり、面接と3ヶ月の研修を経て、「青山ドンク」で働くことが出来ました。

26歳のことです。

この時はまだ、生活できるのか、父親になれるのかと漠然とした不安感でいっぱいでした。研修期間終了後、面談があり「ジョアン銀座三越店」へ異動することになりました。「ジョアン銀座三越店」は日商で300万円を売り上げる店舗です。新潟店の2倍の売上ですから、どんな現場なんだろうと不安を抱きながらご挨拶に伺うと、よそ者に対して距離を取るような空気がヒシヒシと伝わってきました。皆さんロボットのように黙々と働いていて、勤務を開始してもしばらくは不安で憂鬱で眠れませんでした(笑)




 

人生を変えた 
運命の人

 

ここで私は人生を変える出会いを果たします。当時「ジョアン銀座三越店」のチーフを務めていらした徳澤浩明さんとの出会いです。徳澤さんのパンへの情熱、製パン知識、人間性に触れて私は変わることができました。一を聞いたら十が返ってくるような丁寧な指導。イーストの量は製パン知識に基づいて、0コンマ単位で管理されていました。また、厳しい指導の後には必ずフォローをくださる温かさに、男として惚れたような尊敬の念を抱きました。気付くと徳澤さんについて回っていましたし、時間を作っては徳澤さんが仕上げたパンを毎日触って確かめていました。徳澤さんの作るパンは大きさも均一で、焼き上がりも全て同じに見えるため、機械よりも正確なんじゃないかと思っていました。同じ配合でも私が作ったパンと徳澤さんが作ったパンでは別物で、そこでパンの奥深さを目の当たりにしました。最初は徳澤さんに褒められたい、認められたいという想いが原動力になっていましたが、気付けばパンにのめり込んで、仕事が終わっても徳澤さんに電話してパンの話をする自分がいました。寝ても覚めてもパンのことばかり考えるようになり、妻にその当時の様子を聞くと、家で話しかけてもパンのことばかりで悲しい思いをしたとのことでした(笑)。

 



 

コンクールを通して 
広がった世界

 

「ジョアン銀座三越店」に勤めて3年目に、徳澤さんの勧めでコンクールにチャレンジしました。コンテストで良い結果を出すために、色の勉強をしたり、美術館に行ってみたり、パンの写真の取り方や商品のネーミングにいたるまで勉強しました。書類選考が多いコンテストでは、数ある応募作品の中で「おっ」と目に留まる要素も必要だと徳澤さんに教えていただきました。そのおかげで、「第13回カリフォルニア・レーズンコンテスト」にて「カリフォルニアレーズン大賞」を受賞し、同年に「第15回カリフォルニア・ウォルナッツコンテスト」にて「菓子パン部門・部門賞」でグランプリを受賞することができました。私にとってコンテストでの経験は、それまでの決断力がなく仕事のできなかった自分を変え、自信を与えてもらったターニングポイントです。

当時、ドンクでは同じ人間が一年に二つのコンテストで優勝したことはなかったらしく、多方面からお声をかけていただきました。ここでも印象に残っているのは、「嬉しい気持ちもわかるが、こんなときこそ謙虚でいなさい」という徳澤さんの一言です。「ちょっとは胸を張っても良いじゃないですか」と思う気持ちもあったのですが、徳澤さんはこれまでにそうやってもてはやされて色々と勘違いをしてしまった人を見てきた経験があり、それでアドバイスをくださったんです。親心ですよね。徳澤さんのおかげで他の皆様からも可愛がっていただき、徳澤さんには本当に感謝しております。また、徳澤さんのパンの師匠である仁瓶利夫さんにこれをきっかけに名前を覚えていただけましたし、仁瓶さんに直々にご指導いただいた経験はとても勉強になりました。徳澤さんのパンの情熱は凄いと思っていたのですが、仁瓶さんのリュックには・・・・・

 

 




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SHOP DATA

Boulangerie KAWAMURA(ブーランジェリーカワムラ)

●所在地:新潟県新潟市浜谷町2-3-64
●立 地:新潟バイパス 竹尾インターから車で約10分
●開業年:2008年11月
●定休日:火曜日
●従業員:16人(売り場10人・工場6人)
●営業面積:30坪(売り場7坪・工場13坪・倉庫10坪)
●日 商:平日 23万円/ 土日祝 35万円
●客 数:平日 約250人/ 土日祝 約300人
●客単価:平日 900円/ 土日祝 1,150円
●オーブン台数:1台( 4枚4段) 
●ミキサー台数:1台
●パンの種類:平日120種類/ 土日祝135種類(生地12種類)


 
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